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小林多喜二

悲劇の「党生活者」 1933年多喜二虐殺事件

img015_600.jpg こばやし・たきじ
 1903年秋田生まれ。小説家。
 幼少のころに北海道・小樽に
 移住。共産主義の影響を受け
 たプロレタリア文学の代表的
 な小説家として知られる。共
 産党の地下活動の末、33年特
 高による拷問を受け死亡。享
 年29。


殺されて伝説になった「プロレタリア作家」の影響力

島由紀夫という作家は、ある意味いやらしい計算づくで、自分を伝説にしようとしたともいえる。しかし、権力に殺害された結果、期せずして伝説となった作家もいる。小林多喜二である。
 現代においても、日本共産党の支持者・シンパから、小林多喜二は愛されてやまない。三島由紀夫が右翼民族主義の志向を持っている人から支持されているのと同様に、小林多喜二は左翼・革新を自認する人々にとって、権力による弾圧の悲劇を語り継ぐのための大きな存在になっている。


『貧困と向き合う』
林多喜二は秋田に生まれたが、すぐに一家で北海道・小樽へと移住する。産業が発展しつつある土地で、多くの労働者たちの姿をみながら、多喜二は育った。開発工事の労働者たちが、タコ部屋から逃げ出してくることも珍しくない環境だった。
 法整備も弱く、企業倫理も希薄な当時の底辺における労働環境は、きわめて劣悪であり、持てる者と持たざる者の差は、いまどきの格差社会など比べ物にならない状況だった。
 貧しさと、働くことの厳しさを目の当たりにしてきた多喜二が、共産主義的な思想に傾いていったのは、自然ななりゆきといえるだろう。
 多喜二は小樽高等商業学校から北海道拓殖銀行に就職するが、この間、小説を書き続ける。そして『一九二八年3月十五日』という小説が大きな反響を呼ぶ。これは治安維持法によって左翼を大弾圧した三・一五事件を題材にした作品だった。1500人以上が逮捕され、拷問による取調べが行われたこの事件は、特高警察の度の過ぎた権力行使を決定づける事件である。以降、特高では殴る蹴るどころか、女性活動家への性的拷問さえ行われたという。
 のちに代表作と言われるようになる『蟹工船』を発表したのが1929(昭和4)年の5月だった。これは蟹工船に乗った労働者の置かれた厳しい状況を書き出し、資本家や軍の権力構造にも迫ったものとして、前作を上回る反響となる。『蟹工船』は、発禁になったにもかかわらず、改訂版などの抜け道を通じてベストセラーになった。こうして多喜二は高名を得ることとなり、プロレタリア芸術ムーヴメントの中心に飛び込んでいく。さらに、非合法だった共産党シンパとしての政治活動にも足を踏み入れていく。
img145_600.jpg







『特高警察の体質』
喜二は30(昭和5)年に逮捕され、治安維持法違反・不敬罪で起訴された。翌年には保釈で出獄することとなるが、10月には共産党に正式に入党する。
 32(昭和7)年からは、宮本顕治らとともに、東京で地下活動に入っていった。蔵原惟人や中の重治といったプロレタリア文学の作家たちが続々と逮捕されていくなか、多喜二は共産党活動を粘り強く続けようとした。この時期の体験が、のちに発表される作品『党生活者』に反映されている。
 そして33(昭和8)年2月20日。多喜二は警察にとらえられ、築地署の拘引されることとなる。多喜二は取調べを受けるさい、偽名を語った。だが、本人だと判明すると、開き直って反抗的な態度に変わった。名のある作家への、過酷な残酷な取調べが始まることになった。水谷龍亮主任、芦田治郎巡査、須田雅六巡査、小沢果巡査らが、取調官だった。
 彼らの拷問が、残酷なものであったのは言うまでもない。木刀やステッキも使用されて、殴る蹴るの暴行が加えられた。翌日、多喜二は遺体となって馬橋の家に運ばれることとなる。死因は、心臓麻痺だと発表された。
 治安維持法による左翼勢力への弾圧は、天皇国家を守るためという大義があった。だが、現場で拷問をした特高の警察官の意識がどのようなものだったのかはうかがい知れない。特高警察官が真剣に国体護持を標榜していたなら、天皇に来ていただいて、「御前拷問ショー」でも演じてみればよかったのではなかろうか。自分のやっている拷問に、確信と意味を心底から見出していたなら、天皇の視線も気にはならなかったはずである。
 密室で被疑者を拷問死に追い込む警察官の心理は、権力者の醜い特権意識でしかない。多喜二の死は、抗いがたい横暴な権力の犠牲として、象徴的な出来事であった。
(栗原正和氏文面より転載)
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